昔の日本人の強靭なカラダ

こんにちは。サクナの松成です。
戦後食べるものがなかった日本も、いつの間にか飽食の時代となり、給食に至るまですっかり欧米食になってしまいました。
核家族だと、おばあちゃんの知恵袋を自然に知る事もなく、日本の伝統食を知らない世代も出てきています。。
「和食」といっても名ばかりで、添加物や遺伝子組み換えだらけのものもあるから、今の食は本当に悩ましいです。
江戸時代の半ばまでは1日2食、後半から1日3食で江戸はグルメになっていったようですね。
地方や田舎はまた違うと思うのですが、粗食ほど人間の体を強くするのだと思います。

最近はベルツの話がよく出回るようになってきたので、ご存知の方も多いと思いますが、とても興味深い話なので、転載させて頂きました。

【今日の日本人は欧米の食生活で欧米人並みの体力がついたと洗脳されている】
医学者として優れたベルツが明治時代に日本人の強靭な体力は原因は何か
を調査した記録が昭和6年に出版された「ベルツの日記」の中に残されている

ベルツは知人から日本に滞在している間に日光東照宮を見た方がいいとすすめられ、馬で東京から日光まで14時間かけて行きました。
その時、途中で馬を6回乗り替えました。
2回目に行った時は人力車に乗って行きましたが、その車夫は1人で14時間半で行ってしまいました。
馬よりすごいこの体力は一体どこから来るのか、彼は実験を始めました。
人力車夫を2人雇って3週間彼らの食生活を調査しました。
肉類などの高タンパク・高脂質のいわゆる彼らの理想とする食事を摂らせながら体重80キロの人を乗せて、毎日40kmを走らせたところ、3日目で疲労が激しくなり、元の食事である米・大麦・イモ類・栗・百合根など(高炭水化物・低タンパク・低脂質)に戻して欲しいという事で普段通りの食事に戻すとまた元気に走れるようになるという結果がでました。

ベルツはドイツの栄養学が日本人にはまったくあてはまらず、日本人には日本食が良いという事を確信しました。 それにもかかわらず、ベルツの「日本人には日本食」という研究結果よりも、フォイトの「体を大きくする栄養学」の方を明治政府の指導者たちは選んでしまいました。
この当時の人力車夫の一日の平均走行距離は50キロメートルといわれていますが、もしこの人たちが現代のオリンピックのフルマラソンに日本代表で出場したらどんな記録を出したのでしょうね。
ちなみに飛脚の人はもっと走ったそうです。
また、さらにベルツは「女性においては、こんなに母乳が出る民族は見たことがない」と驚きを記しています。
昔の日本人は、このように優れた体力を持っていたならば、戦国時代の合戦のシーンで馬に乗った武将たちの後を、足軽が槍を持って駆け足で追っかけていますが、これは十分可能だったということです。
しかも戦をする前にはきっと何十キロ、何百キロという距離をすでに移動してきているでしょう。
今までテレビを見ながら「足軽の人たちは、日頃は農作業で大変なのに気の毒だなあ」、と思っていました。
今思うと途中の休憩は人間の休憩ではなく馬の休憩だったのかも知れません。
*****
戦後の食糧事情は完璧にアメリカの支配されてきた。
そして世界で活躍するトップクラスの日本人アスリートたちは、
世界で修業し世界トップクラスのアスリートたちと同等の体格をしている
だから、日本人の体力も白人並みに成長したと・・・錯覚している。
江戸時代の日本人の体力は欧米人を遥かに凌いでいたのだ!!
その日本社会が欧米人たちの策略で潰されたのだ。

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